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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)1543号 判決

原告(反訴被告、以下「原告」という。)

山口敏夫

右訴訟代理人弁護士

井上二郎

上原康夫

中島光孝

被告(反訴原告、以下「被告」という。)

尾崎町農業協同組合

右代表者代表理事

村上新次郎

右訴訟代理人弁護士

澤田脩

主文

一  原告と被告との間において、原告の被告に対する別紙約束手形目録記載の手形金支払債務が存在しないことを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一〇八万六七八四円及びこれに対する平成六年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の不動産につき別紙登記目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

四  原告のその余の本訴請求を棄却する。

五  被告の反訴請求を棄却する。

六  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

七  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

1  主文一ないし三項と同旨。

2  被告は、原告に対し、金三〇〇九万四二九二円及びこれに対する平成五年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は、被告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年六月五日から支払済みまで年八・五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告を退職し、被告に対し、退職金支払、共済契約に基づく割戻金等の返済を各請求し、また、被告が原告に貸し付けたと主張する貸金債務一〇〇〇万円が不存在であるので、その担保として交付した手形金支払債務も不存在であり、右貸金の担保として設定された根抵当権設定登記及び仮登記担保契約に基づく仮登記も無効であると主張して、右手形金債務の不存在確認及び右登記抹消を各請求するのに対し(本訴)、被告が、原告について、就業規則所定の懲戒事由があったため、諭旨解雇の上、退職金を支給しないという懲戒処分をしたので、退職金支払債務を負わないし、右貸金債権により共済契約に基づく債務を相殺する旨主張して、原告の各請求を争い、また、右貸金の返還を請求する(反訴)事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

被告は、昭和二三年に設立された農業協同組合であるところ、原告は、昭和三六年被告に雇用され、昭和四六年一〇月一八日から平成元年一二月二一日まで会計主任、同月二二日から平成三年九月三〇日まで参事の地位にあったが、同年一〇月一日、諭旨解雇の上、退職金を支払わないという懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受けて、退職した。

2  根抵当権等の設定登記と本件手形

(一) 原告は、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を所有する。

(二) 原告は、被告との間において、本件不動産について、原告の被告に対する別紙登記目録記載の範囲の債権を担保するため、昭和五一年五月二六日極度額一三〇〇万円、昭和五九年五月二六日極度額一五〇〇万円とする各根抵当権(以下「本件各根抵当権」という。)設定契約を締結し、同日同目録一、二記載の根抵当権設定登記(以下「本件各根抵当権設定登記」という。)を経由した。

(三) 原告は、被告との間において、昭和五一年五月二六日、本件不動産について、本件各根抵当権が担保すべき債権と同一の債権(右債権の元本確定後は確定後の債権)を担保する目的で代物弁済予約を締結し(以下「本件仮登記担保契約」という。)、同日同目録三記載の所有権移転請求権仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由した。

(四) 本件各根抵当権が担保すべき債権については、元本の確定期日の定めがなかったところ、原告は、被告に対し、本件各根抵当権設定の時から三年以上が経過した平成二年一二月二二日到達の書面により、本件各根抵当権が担保すべき債権の元本の確定を請求し、右書面の到達日から二週間の経過により、右債権の元本が確定した。

(五)(1) 被告は、平成元年八月下旬ころ、山口組系辻寅組組長辻春男(以下「辻」という。)から、四〇〇〇万円の融資を求められたが、同人は、被告の組合員でなく、法律及び定款上、被告から貸し付けを受ける資格を有しなかった。そこで、被告は、当時、参事であった三澤輝夫(以下「三澤」という。)及び会計主任であった原告に対して、各二〇〇〇万円を貸し付けたという形式の経理処理をして、右四〇〇〇万円を支出し、右金員は、最終的に辻に交付された。

なお、その後、辻が一(ママ)〇〇〇万円を弁済し、被告は、右弁済中一〇〇〇万円を被告の原告に対する貸金債務(ママ)への弁済として処理した。

(2) 被告は、(1)の二〇〇〇万円が原告に貸し付けられたものであり、原告が、その後、被告から借入れをして(1)に起因する従前の債務を返済することを繰り返していたが、平成三年三月五日、被告との間で消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)を締結して、その残債務を弁済したものであり、原告に対し、現在、本件消費貸借契約に基づく貸金一〇〇〇万円の返還請求権を有する旨主張する。

(3) 原告は、被告に対し、別紙約束手形目録記載の額面一〇〇〇万円の約束手形(以下「本件手形」という。)を振り出し交付したところ、被告は、本件手形が本件消費貸借契約に基づく貸金返還請求権の支払を担保するために振り出されたものであり、被告は、原告に対し、右手形の支払請求権を有する旨主張する。

(4) 被告は、本件各根抵当権及び本件仮登記の担保すべき債権(以下「本件被担保債権」という。)として本件消費貸借契約に基づく貸金返還請求権及び本件手形金支払請求権のみを主張する。

3  共済契約

(一) 原告は、昭和五二年一二月七日、被告との間で、建物更生共済契約(以下「本件共済契約」という。)を締結し、右契約が自動消滅などの事由で終了した場合、被告が原告に対して割戻金及び返れい金を支払う旨約定した。

(二) 本件共済契約は、平成四年二月八日自動消滅により終了し、原告は、被告に対し、返れい金一〇四万六〇〇〇円、割戻金四万〇七八四円の計一〇八万六七八四円の支払請求権を取得した。

4  退職金

(一) 被告の就業規則は、職員が、「故意又は重大な過失により、この組合に損害をこうむらしめたとき」(七五条二号)、「組合の信用又は名誉を傷つける行為のあったとき」(同条四号)、「職員として体面を汚す行為のあったとき」(同条五号)は、当該職員を懲戒処分にする(同条)、懲戒処分の種類は、譴責、減給、諭旨解雇、解雇とし(七六条)、諭旨解雇にした場合、情状によっては、退職金の全部又は一部を支給しないことがある(七七条三号)、懲戒処分は、確証に基づいて行い、その決定前に本人に弁明の機会を与える(七八条)旨を定める。

(二) 原告は、平成二年九月当時、被告の参事として、職員の最高位にあり、職員全体を監督すべき地位にあったところ、その部下である金融課長新田博(以下「新田課長」という。)は、同月六日、一〇日、二五日、二六日、被告に設けられた預金口座から出金して、他の金融機関に設けられたトーヨー建設株式会社(以下「トーヨー建設」という。)、ヒロ産業株式会社(以下「ヒロ産業」という。)、雑賀修(以下「雑賀」という。)名義の預金口座に振り込み送金する手続をしたが、被告に設けられた右預金口座には、右出金額に見合う預金残高がなく、その事実を隠すため、右不足額に相当する架空の入金手続をするなどの経理操作を繰り返していた。

(三) 被告は、原告の行為が、就業規則所定の退職金不支給の事由に当たるとして、諭旨解雇の上、退職金を支給しないという本件懲戒処分を行い、原告に対し、退職金の支払を拒否した。

(四) 仮に、原告が退職金支払請求権を有すると仮定した場合、被告の就業規則の一部である退職給与規程に基づき、原告の退職金額を計算すると、その額は、金三〇〇九万四二九二円になる。

二  原告の主張

1  債務不存在及び貸金請求

(一) 平成元年九月、当時の被告参事三澤は、山口組系辻寅組組長辻から、四〇〇〇万円の融資を依頼され、同月五日、同人に対し、四〇〇〇万円を貸し付け、右金員を交付した。

(二) 三澤は、辻が、被告の組合員でなく、法律及び定款上、同人に対する貸付けが許されなかったため、辻に対する右貸付けを、被告の内部処理上、被告組合員への手形貸付けの形式を仮装して実行することにして、内金二〇〇〇万円を三澤に対する貸付け、残金二〇〇〇万円を原告に対する貸付けにそれぞれ仮装し、部下である会計主任の原告に命じて、振出人原告、額面二〇〇〇万円の約束手形を作成させ、被告に対し、交付させた。

(三) 辻は、被告に対し、同年九月一二日ころ一〇〇〇万円、同月一八日ころ一〇〇〇万円を弁済したので、三澤は、内一〇〇〇万円を同人に対する貸付けの弁済に充当し、残金一〇〇〇万円を原告に対する貸付けの弁済に充当する経理処理を行った。

(四) 原告は、三澤から、右手形の書換えを求められ、平成三年三月五日、本件手形を振り出したが、被告は、原告との間で同日付け一〇〇〇万円の本件消費貸借契約を締結し、本件手形がその担保として振り出されたという経理処理をした。

(五) 以上によれば、本件手形振出の原因関係とされた右一〇〇〇万円の消費貸借契約は、貸金の交付がないばかりでなく、虚偽表示であり、無効であるので、被告の本件消費貸借契約に基づく貸金返還反訴請求は理由がない。

そして、本件手形は、原因関係が不存在である上、原告の本件手形振出行為は、手形上の債務を負担する意思なく行われたものであるので、原告は、被告に対し、本件手形金支払債務を負わないのであるから、原告は被告に対し、右債務の不存在確認を求める(本訴)。

2  登記抹消請求

被告は、原告の所有に属する本件不動産について、本件根抵当権設定登記及び本件仮登記を経由するところ、本件根抵当権の被担保債権の元本が確定したこと、本件仮登記の原因となる本件仮登記担保契約も右被担保債権と同一の債権を担保する目的であること、被告が本件被担保債権と主張するのは、本件消費貸借契約に基づく貸金返還請求権及び本件手形金支払請求権のみであるところ、右各債権が存在しないことは、前記のとおりである。

したがって、原告は、被告に対し、本件根抵当権設定登記及び本件仮登記の抹消登記手続を求める。

3  共済契約割戻金、返れい金返還請求

前記のように、原告は、被告に対し、本件共済契約の定めに基づき、右契約の終了による返れい金一〇四万六〇〇〇円、割戻金四万〇七八四円の計一〇八万六七八四円の支払請求権を取得したのであるから、右一〇八万六七八四円及びこれに対する右請求の日の翌日である平成六年三月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(本訴)。

4  退職金支払請求

(一) 原告には、就業規則所定の退職金不支給事由は存在しない。

原告は、新田課長の前記入金手続が架空のものであることを事前に知らなかったのであるから、前記出金手続が、それに見合う預金額がないのに行われていたことを知ることはできず、新田課長の架空出金を承認していたものではなく、被告に損害を与えたとはいえないのであるから、本件懲戒事由が存在しない。

(二) 原告は、被告の財産を横領するなどの犯罪行為を行ったものではなく、自ら不正融資をしたり、積極的にこれに加功したものでもないのであるから、被告における長年の功労を抹消するほどの重大な背信行為があったとはいえず、退職金支給額を減額するのは格別、その全額を不支給とすることは許されず、本件懲戒処分は、重きに失する。

また、被告が辻との取引を開始し、新田課長の架空出入金などの行為の根本的な原因を作った当時の参事三澤が懲戒処分を受けずに退職し、退職金を取得しており、本件懲戒処分は、他の職員の処分に比較して、権衡を失し、重過ぎる。

(三) なお、被告は、右懲戒事由のほか、尾崎興産株式会社及び山中優子と被告との間の取引で多額の回収不能が発生したことも、原告の懲戒事由に当たる旨主張するが、右取引について、原告には、懲戒事由に当たる行為はない。これらの取引は、当時独裁的に被告の業務を執行していた三澤参事が行ったものであり、原告には実質的な決定権はなかった。

(四) 被告の就業規則によれば、懲戒処分は確証に基づいて行い、その決定前に本人に弁明の機会を与える(七八条)旨が定められているが、本件懲戒処分は、確証に基づかずに、原告に弁明を与えずにされた点で違法無効である。

(五) 仮に、諭旨解雇の場合に退職金を支給しない処分ができる旨の規定が就業規則にあったとしても、退職金は、勤務期間中日々発生する賃金の後払いの性質を有し、賃金については全額支払うのが法の趣旨であるので、諭旨解職(ママ)事由の発生するまでの勤務期間に対応する退職金請求を減額することは許されず、右事由が発生した後の勤務期間についてもその一〇分の一の限度で減額できるに過ぎない。

よって、原告は、被告に対し、退職金三〇〇九万四二九二円及びこれに対する本件訴状によりその支払を請求した日の翌日である平成五年三月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する(本訴)。

二  被告の主張

1  債務不存在確認、貸金請求

(一) 被告は、平成元年八月下旬ころ、辻から、四〇〇〇万円の借入申込みを受けたが、同人が、被告の非組合員であり、法律及び定款上、同人に対する貸付けが許されなかった。そこで、当時参事であった三澤及び会計主任であった原告が相談の上、被告が三澤と原告に対して各二〇〇〇万円(計四〇〇〇万円)を貸し付け、右両名が辻に対して各二〇〇〇万円を貸し付けた。

(二) 原告は、平成二年八月二九日までに元金一〇〇〇万円とその利息を弁済し、その後、被告からの借入れにより、弁済を繰り返したが、平成三年三月五日、被告との間で、一〇〇〇万円を借入期間三か月、利息年八・三パーセントの約定で借り受ける旨の本件消費貸借契約を締結し、右借入金により、被告に対する従前の債務を完済した。

しかし、原告は、本件消費貸借契約に基づく債務を現在に至るまで弁済していない。

(三) また、原告は、本件消費貸借契約締結の際、その支払を担保するため、被告に対し、本件手形を振り出し交付した。よって、原告の本件手形金支払債務の不存在確認本訴請求は理由がなく、原告は、被告に対し、本件消費貸借契約に基づき右貸金一〇〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成三年六月五日から支払済みまで年八・五パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める(反訴)。

2  登記抹消請求

被告は、原告に対し、本件根抵当権及び本件仮登記担保契約の被担保債権として、本件消費貸借契約に基づく貸金返還請求権及び本件手形金支払請求権を有するので、本件根抵当権設定登記及び本件仮登記は、実体関係に符合する有効な登記である。

したがって、原告の右各登記の抹消登記請求は理由がない。

3  共済契約割戻金、返れい金返還請求

被告は、平成六年二月一六日、原告に対し、原告の被告に対する一〇八万六七八四円の本件共済契約割戻金、返れい金返還請求債権を本件消費貸借契約に基づく貸金債権により対当額で相殺する旨の意思表示をした。

4  退職金請求

(一) 原告の部下である新田課長は、辻の依頼を受けて、平成二年九月六日、一〇日、二五日及び二六日、同人のため被告に設けられた預金口座に、出金に見合う預金額がないにもかかわらず、同口座から計一億三〇八〇万円の金員を出金する手続をした上、同人の経営するトーヨー建設、ヒロ産業、雑賀の名義で他の金融機関に設けられた預金口座に対して、右金員を振込送金する手続を行い、被告に対して同額の損害を与え、右出金及び送金が、それに見合う預金額なしに行われたことを隠すため、預金不足額に相当する金員が、右預金口座に入金されたことを装う架空入金などの経理操作を繰り返した。

(二) 原告は、右出入金について、その都度、管理者承認取引簿に押印して承認し、右出入金の大部分が被告の当日の取引が締め切られる午後四時以降に集中するなど、不自然な態様でされていることを知っていた上、新田課長が、同年七、八月ころにも、同様の方法により、架空の出金、入金手続を繰り返したことを知っていたのであるから、右出金が、それに見合う預金額なしに行われたことを知っていたものと推認される。

仮に、原告が、同年九月六日の時点でこれを知らなかったとしても、その二、三日後には右架空入出金の事実を知っていたことを認めているのであるから、その後の架空入出金を防止する措置を容易に採れたはずである。

(三) 原告は、被告の参事として、新田課長を指揮監督し、同人が、同様の行為を繰り返して、被告に損害を与え、損害を拡大することを防止すべき義務があるのにこれを怠ったのであるから、原告の右行為は、就業規則所定の懲戒事由である「故意又は重大な過失により、この組合に損害を被らせ」る行為(七五条二号)、「組合の信用又は名誉を傷つける行為」(同条四号)、「職員として体面を汚す行為」(同条五号)に当たることが明らかであり、原告の右行為が、被告に多大の損害を与えた上、被告の職場秩序を著しく害し、被告の金融機関としての信用を著しく損なったことに照らせば、その情状も極めて重いものといわざるを得ない。

したがって、原告を諭旨解雇した上、退職金を支給しないとした本件懲戒処分は、就業規則に従った適法なものであり、社会的にも相当なものである。

(四) 右懲戒事由のほか、原告は、会計主任として、尾崎興産株式会社に対する融資の際、その債権回収不能の危険を予測できたのに融資を漫然と許した上、昭和五九年四月同社が倒産し、被告に三一二〇万円の貸倒れ損失が発生した後も法的手段を採るなど債権回収に努力せず、理事に無断で職員名義の貸付けを仮装する経理処理をして、職員に対する不当な昇給や特別手当等によりその返済を行った、昭和六二年五月ころ山口組系辻寅組組員の内妻である山本優子と当座取引を開始したが、数回の当座貸越しに応じて、二八四九万円の回収が(ママ)不能を発生させたという懲戒事由もある。

(五) 被告は、本件懲戒処分をするについて、原告に弁明の機会を与えており、本件懲戒処分には手続上の違法もない。

(六) 原告は、退職金が賃金の後払いの性質を有し、賃金については全額支払うべきが法の趣旨であるので、諭旨解職(ママ)事由の発生するまでの勤務期間に対応する退職金請求を減額することは許されず、右事由が発生した後の勤務期間についてはその一〇分の一の限度で減額できるにすぎない旨を主張するが、退職金支払請求権は、就業規則の定めに従い、退職時において、成立する債権であるので、原告の右主張は、失当である。

三  主たる争点

1  本件消費契約に基づく貸金債務及び本件手形金支払債務の存否

2  就業規則所定の退職金不支給事由の有無と退職金を不支給とした本件懲戒処分の適否

四  証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  本件消費貸借契約に基づく貸金債務及び本件手形金支払債務の存否

1  被告は、(1) 被告が、平成元年八月下旬ころ、山口組系辻寅組組長であった辻から、四〇〇〇万円の借入れを申し込まれたが、同人が、被告の組合員でなく、法律及び定款上、同人に対する貸付けが許されなかったため、当時の被告参事三澤及び会計主任原告が相談の上、被告が三澤と原告に対して各二〇〇〇万円(計四〇〇〇万円)を貸し付け、右両名が辻に対して各二〇〇〇万円を貸し付けた、(2) 原告は、平成三年三月五日、被告との間で、本件消費貸借契約を締結して一〇〇〇万円を借り受けて、(1)の債務に起因する従前の債務を弁済し、本件消費貸借契約に基づく貸金債務を担保する目的で本件手形を振り出した旨主張する。

そして、被告が、平成元年八月下旬ころ、山口組系辻寅組組長辻から、四〇〇〇万円の融資を求められたこと、同人は、被告の組合員でなく、法律及び定款上、被告から貸し付けを受ける資格を有しなかったところ、被告が、三澤及び原告に対して、各二〇〇〇万円(計四〇〇〇万円)を貸し付けた旨の経理処理をして、四〇〇〇万円を支出し、右金員が、最終的に辻に渡ったこと、原告が、被告主張のころ、本件手形を振り出し交付したことはいずれも当事者間に争いがなく、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、被告に対し、同年九月一日、二〇〇〇万円の借入申込書(〈証拠略〉)を提出したこと、被告が右申込みを認める記載のある貸付稟議書(〈証拠略〉)を作成したこと、原告が被告に対し、平成二年八月二九日付け(〈証拠略〉)、同年一一月二九日付け(〈証拠略〉)、平成三年三月五日付けで、一〇〇〇万円の手形借入金書換継続申込書を提出し、被告が右申込みを認める記載のある貸付稟議書(〈証拠略〉)を作成したことがいずれも認められる。

2  しかし、辻に対する貸付けの実務を担当した新田課長は、その証言中で、右辻に対する貸付けは、被告が直接辻に四〇〇〇万円を貸し付けたが、辻が被告から貸付けを受ける資格を有しなかったため、被告の経理処理上、被告が借入れ資格のある三澤と原告に貸し付けた形式を仮装して、三澤と原告が前記の各借入申込書を作成し、原告も本件手形を振り出したものであり、被告が三澤と原告に貸し付け、両名が辻に貸し付けたものではない旨証言し、右証言に格別不合理な点は認められないこと、右貸金が原告及び三澤に交付されたことを証する書証がないこと、同人の証言及び弁論の全趣旨によれば、新田課長は、被告の代理人として、辻に対し、右四〇〇〇万円を、原告を介することなく、直接送金して交付したことが認められること、原告と辻との間には、原告が被告から二〇〇〇万円を借り受けてまで、辻に融資しなければならなかったような特別の関係があったとは認めるに足りないこと、並びに(証拠略)及び原告本人尋問の結果に照らせば、1判示の事実をもって、被告が右四〇〇〇万円中二〇〇〇万円を原告に貸し付け、原告が右金員を辻に貸し付けたものであり、原告が、右貸金債務に起因する従前の債務を弁済するために、被告との間で本件消費貸借契約を締結して、一〇〇〇万円を借り受け、右契約を原因関係として本件約束手形を振り出したという被告主張事実は、認めるに足りない。

3(一)  かえって、2判示の証拠及び認定事実並びに第二の一判示の事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告参事三澤は、被告を代理して、平成元年九月五日、辻に対し、四〇〇〇万円を貸し付けて、右金員を交付したが、同人が被告の組合員でなく、被告から借入れを受ける資格を有しなかったため、右貸付けを、被告の経理処理上、被告組合員への手形貸付けの形式を仮装して実行することにして、内金二〇〇〇万円を自己への貸付けに仮装し、残金二〇〇〇万円を原告名義の貸付けに仮装するため、部下である会計主任の原告に命じて、被告に対し、額面二〇〇〇万円の原告名義の手形を振り出し交付させるとともに同年九月一日、二〇〇〇万円の借入申込書(〈証拠略〉)を作成させた。

(2) 辻は、被告に対し、同年九月一二日ころ一〇〇〇万円、同月一八日ころ一〇〇〇万円を弁済したので、三澤は、内一〇〇〇万円を同人に対する貸付けに残金一〇〇〇万円を原告に対する前記の貸付けに充当したものとして、被告の経理処理をした。

(3) 原告は、三澤の指示に従って、被告の経理処理のため、平成二年八月二九日付け(〈証拠略〉)、同年一一月二九日付け(〈証拠略〉)、本件消費貸借契約に係る平成三年三月五日付けの各一〇〇〇万円の手形借入金書換継続申込書を作成して、同年三月本件手形を振り出し交付し、また、被告は、前記の各申込書に対応する貸付稟議書(〈証拠略〉)を作成した。

(二)  右認定事実及び前判示の証拠によれば、原告は、被告から、本件消費貸借契約に基づき金員の交付を受けたことがなく、原告が被告に対し本件消費貸借契約に基づく貸金債務を負わないことは、原、被告間で了解されており、前記の各書類は、被告の辻に対する貸し付けを、被告の原告に対する貸し付けと仮装するために作成されたものであること、本件手形も、原因関係が存在しないのに振り出されたもので、被告が原告に対して本件手形上の債務を負わないことが、原、被告間で了解されていたことが認められる。

4  以上によれば、原告の被告に対する本件消費貸借契約に基づく貸金返還債務及び本件手形金支払債務は存在しないものというべきであり、本件手形金支払債務の不存在の確認を求める原告の本訴請求は理由があり、本件消費貸借契約に基づく貸金の支払を求める被告の反訴請求は理由がない。

二  抹消登記請求

本件不動産が、原告の所有に属すること、被告が本件不動産について本件根抵当権設定登記及び本件仮登記を有すること、本件根抵当権の被担保債権の元本が確定したこと、本件仮登記担保契約も本件根抵当権と同一の右被担保債権を担保する目的であることは、前判示のとおりであるところ、被告が本件根抵当権及び仮登記担保契約の被担保債権であると主張する本件消費貸借契約に基づく貸金返還請求権及び本件手形金支払請求権が存在しないことは、一判示のとおりである。

したがって、本件根抵当権及び本件仮登記担保権は、被担保債権が不(ママ)存在せず、無効なものというべきであるので、原告は被告に対し本件根抵当権設定登記及び本件仮登記の抹消を請求することができる。

三  共済契約割戻金、返れい金請求

1  原告は、被告に対し、本件共済契約の定めに基づき、右契約の終了による返れい金一〇四万六〇〇〇円、割戻金四万〇七四八円の計一〇八万六七四八円の支払請求権を取得したことは第二の一判示のとおりである。

2  被告は、原告の被告に対する右一〇八万六七四八円の債権を本件消費貸借契約に基づく債権により対当額で相殺する旨主張するが、本件消費貸借契約契約(ママ)に基づく右債権が存在しないことは一判示のとおりであるので、被告の右主張は採用できない。

3  よって、原告は、被告に対し、右一〇八万六七八四円及びこれに対する右請求の日の翌日である平成六年三月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。

四  退職金支払請求

1  前判示の事実並びに証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、平成元年一二月二二日、三澤の後任として、職員の最高位であり、職員の最高責任者である参事に就任し、職員全体を指揮監督する地位に就いた。

(二) 原告の部下である新田課長は、平成元年五、六月ころ、辻の妻道子の依頼を受けて、福本治の名義の被告普通預金口座(以下「福本口座」という。)を開設し、その通帳と印鑑を預かっていたが、遅くとも、平成二年九月六日、一〇日、二五日、二六日、辻の依頼を受けて、福本口座には出金に見合う預金額がないにもかかわらず、同口座から計一億三〇〇〇万円以上を出金する手続をした上、同人の経営するトーヨー建設、ヒロ産業、雑賀の名義で他の金融機関に設けられた預金口座に対して、右金額を振込送金する手続を行い、被告に対して一億三〇〇〇万円以上の損害を与え、右送金が、それに見合う預金額なしに行われたことを隠すため、預金不足額に相当する金員が、福本口座に入金されたことを装う架空入金などの経理操作を繰り返した。その詳細は以下のとおりである(新田課長が、同月六、一〇、二五、二六日、被告に設けられた右預金口座から出金して、他の金融機関に設けられた右各口座へ振り込み送金する手続をしたが、被告の右預金口座には、右出金額に相当する預金残高がなかったこと、同人が、その事実を隠すため、右不足額に相当する架空の入金手続をするなどの経理操作を繰り返したことは、当事者間に争いがない。)

(1) 新田課長は、平成二年九月六日、福本口座から、四四〇万円、四八〇万円、四八〇万円、八一三万円、一九四〇万円の計四一五三万円を出金する手続を採った上(〈証拠略〉)、内二〇〇〇万円と一五六三万円の計三五六三万円を、トーヨー建設名義で他の金融機関に設けられた口座に振込送金する手続をした(〈証拠略〉)。

しかし、当時、福本口座には一〇〇五万三〇四七円と四〇〇万円の計一四〇五万三〇四七円の預金しかなく、右四一五三万円の出金手続をするには、二七四七万六九五三円が不足していた(〈証拠略〉)。

そこで、新田課長は、同日、現実には入金がないのに二七五〇万円の入金があった旨を記載した入金票を作成して、同口座に右金額が入金されたかのような経理処理をした上、前記の出金手続をしたものである(〈証拠略〉)。

そして、右入金が架空であり、前記の出金手続がそれに見合う預金額がないままされたことを隠すため、被告が当日の入金出金手続がされた金額の総額を算定する基準時刻後(以下「締後」という。)に、右入金が行われたとする処理をした上、翌日の右基準時刻前に同額の出金手続が行われたとする経理処理をした(〈証拠略〉)。

(2) 新田課長は、同月一〇日、福本口座から、二六八七万円を出金する手続を採った上、右金員を含む三三三〇万円をトーヨー建設の口座に振り込む手続をした(〈証拠略〉)。

しかし、右出金当時、福本口座には、三九二万〇四七二円の預金しかなく、右出金をするには、二二九四万九五二八円が不足していた(〈証拠略〉)。

そこで、新田課長は、同日、現実には入金がないのに二三〇〇万円の入金があった旨を記載した入金票を作成して、同口座に右金額が入金されたかのような経理処理をした上、前記の出金手続をしたものである。

そして、翌一一日、三〇〇万円の入金があったため、右架空入金額との差額二〇〇〇万円の入金が架空であり、前記の出金手続がそれに見合う預金額なしにされたことが発覚することを防ぐため、以後、同月二一日まで、(1)と同様の方法で、二〇〇〇万円の架空入出金手続を繰り返した(〈証拠略〉)。

(3) 新田課長は、同月二五日、福本口座から、四〇〇万円、四〇〇万円、四五〇万円、四五〇万円の計一七〇〇万円及び五〇〇〇万円出金する手続を採った上、五〇〇〇万円をヒロ産業の口座へ、一五〇〇万円をトーヨー建設の口座に振り込む手続をするなど当日計六七〇〇万一四四二円の出金手続をした(〈証拠略〉)。

しかし、右出金当時、福本口座には、残金一一八万九六四円及び当日入金合計額一九八二万二〇〇〇円の計二一〇〇万二九六四円の預金しかなく、前記総出金額との間では四五九九万八四七八円が不足していた(〈証拠略〉)。

そこで、新田課長は、同日、現実には入金がないのに四六〇〇万円の入金があった旨を記載した入金票を作成して、同口座に右金額が入金されたかのような経理処理をした上、前記の出金手続をしたものである(〈証拠略〉)。

そして、右四六〇〇万円の入金が架空であり、右出金がそれに見合う預金額なしに行われたことが発覚することを防ぐため、翌二七日から同月二八日までの間、(1)と同様の方法により、四六〇〇万円の架空出入金を(ママ)手続を繰り返した(〈証拠略〉)。

(4) 新田課長は、同月二六日、福本口座から、三七〇〇万を出金する手続を採った上、雑賀の口座に振り込む手続をした(〈証拠略〉)。

しかし、右出金当時、福本口座には、当時一五二二円の預金しかなく、右出金には、三六九九万八四七八円が不足していた(〈証拠略〉)。

そこで、新田課長は、同日、現実には入金がないのに三七〇〇万円の入金があった旨を記載した入金票を作成して、同口座に右金額が入金されたかのような経理処理をした上、前記の出金手続をしたものである(〈証拠略〉)。

そして、右三七〇〇万円の入金が架空であり、右出金がそれに見合う預金なしにされたことが発覚することを防ぐため、翌二七日及び同月二八日、(1)と同様の方法により、三七〇〇万円の架空出入金を(ママ)手続を繰り返した(〈証拠略〉)。

(5) 新田課長の(1)ないし(4)の行為の結果、被告は、福本口座に資金がないのにされた(1)ないし(4)の出金額の合計一億三〇〇〇万円以上の損害を受けた。

(三) 原告は、職員中の最高位である参事として、被告の業務全般を管理し、新田課長を含む全職員を監督して、被告に損害を与えないようにすべき職務上の義務があるところ、(二)(1)ないし(4)の各入出金について、右入出金の二、三日後には管理者承認取引簿(〈証拠略〉)に押印して承認し、遅くとも、同月六日の(1)の入出金を承認した後、同月一〇日の(二)(2)の入、出金がされる前には、新田課長が、福本口座について、現実の入金がないのに架空の入金処理をした上、右口座にある預金残額を遙かに超える(二)(1)の出金手続をしたことを認識し、同人が同種の行為を繰り返す危険のあることが容易に予測できる状況にあったが、同人の職務停止、配置転換又は同人の出入金手続を事前に原告が点検するなどの監督の強化をするなどして、同人が同種の行為を繰り返して、被告の損害を拡大することを防止するための措置を全く採らず、同人が(二)(2)ないし(4)の出金入金手続をするに任せ、右各出金入金手続に承認を与えた上((二)(4)の三七〇〇万円の振込みについては、振込依頼書に決裁印を与えている。〈証拠略〉)、その発覚を防ぐため、被告組合長三井巌を説得して、同月二八日、被告が同人に対して一億三〇八〇万円の手形貸付けをしたかのように仮装して、同人に額面総額が同額となる約束手形を振り出させ、同額の金員を被告から出金して、福本口座へ入金し、右各出金手続の穴埋めにする経理処理をした。

しかし、三井が右処理に疑問を持ち、被告監事根来稔に相談し、同人が、大阪農業協同組合中央会へ報告したことから、同会や大阪府が(二)の事実を知ることになり、本件懲戒処分がされることになった。

(四) その後、被告は、対策委員会を設置し、原告らに対する処分を検討する一方、トーヨー建設などと交渉して未回収額の回収に努めたが、平成三年四月一〇日同社が取引停止処分を受け、結局、平成三年一一月二八日現在、七三〇〇万円が未回収となった。

2  前判示のように、被告の就業規則は、職員が、「故意又は重大な過失により、この組合に損害を被らしめたとき」(七五条二号)、「組合の信用又は名誉を傷つける行為のあったとき」(同条四号)、「職員として体面を汚す行為のあったとき」(同条五号)は、当該職員を、譴責、減給、諭旨解雇又は解雇の懲戒処分に付し(同条、七六条)、諭旨解雇にした場合、情状によっては、退職金の全部又は一部を支給しないことができる(七七条三号)旨を定めている。

そして、右認定事実によれば、原告が、新田課長による1(二)判示の各行為当時、職員の最高責任者たる参事として、被告の全職員を監督して、業務全般を管理する地位にあり、部下である新田課長についても、これを監督し、同人がその業務執行により被告に損害を与えることを防止すべき職務上の義務があるところ、原告は、新田課長が、福本口座について、現実の入金がないのに架空の入金処理をした上、右口座にある預金残額を遙かに超える1(二)(1)の巨額の出金手続を行ったことを認識し、同人の右行為が、被告に多大の損害を与え、被告の金融機関としての社会的信用を著しく損なう重大な不正行為であって、同人が同種の行為を繰り返す危険のあることも容易に予測できた以上、同人の職務停止、配置転換又は同人の出入金手続を事前に原告が点検するなどの監督強化をするなどして、同人が同種の行為を繰り返して、被告の損害を拡大することを防止するための措置を尽くすべき職務上の義務を負っていたことが明らかである。

しかし、原告は、右義務に違反し、そのような措置を全く採らず、同人が1(二)(2)ないし(4)の行為を繰り返して被告の損害が著しく拡大させるに任せた上、1(二)(2)ないし(4)の出金入金手続を承認し((4)の振込みについては、振込依頼書に決裁印を与えた。)、また、これらの行為の発覚を防ぐため、被告組合長三井巌を説得して、同月二八日、被告が同人に対して一億三〇八〇万円の手形貸付けをしたかのように仮装して、同人に同額の約束手形を振り出させ、同額の金員を、被告から出金して、福本口座へ入金し、右各出金手続の穴埋めにする経理操作をしたことが認められる。

したがって、原告の右職務上の義務違反行為は、就業規則所定の懲戒事由である「故意又は重大な過失により、この組合に損害を被らせ」る行為(七五条二号)、「組合の信用又は名誉を傷つける行為」(同条四号)、「職員として体面を汚す行為」(同条五号)に当たることは明らかである。

そして、原告の右職務上の義務違反行為の結果、同人が1(二)(2)ないし(4)の出入金手続を繰り返したことにより拡大した被告の損害額だけでも、一億円を超え、前判示の原告の退職金予定額の三倍を超える巨額となり、その後一部が回収され、平成三年一一月二八日の時点の未回収額が計七三〇〇万円に減額したことを考慮しても、原告の右職務違反行為が、被告に重大な損害を与えたことは明らかである。

しかも、被告が、金融機関として適正に業務を遂行して、その使命を果たし、社会的な信用を維持するためには、職員を監督すべき地位にある者が、職員による不正行為を認識した時は、直ちに同種の不正行為が繰り返されないよう万全の措置を採ることが、極めて重要であるというべきところ、原告は、職員の最高責任者として、全職員を指導監督すべき地位にあり、被告の業務が適正に行われることについて職員中最も重大な職責を負っていたにもかかわらず、金融機関としての信用を著しく害する前判示のような重大な不正行為が職員により行われたことを認識し、同種の不正行為が繰り返される危険のあることも容易に予測できたにもかかわらず、その防止のための措置を全く採らずに放置し、その後繰り返し行われた同種の不正行為にも承認を与え、被告に前判示のような巨額の損害を与えたのであるから、原告の右行為は、被告の職場秩序を著しく害し、被告の金融機関としての社会的信用を著しく損なうものであり、その情状も極めて重いものといわざるを得ない。

したがって、原告を諭旨解雇とし、退職金を支給しないとした本件懲戒処分は、就業規則に従った適法な処分であり、重きに失するとはいえないことが明らかである。

3(一)  原告は、新田課長の1(二)の福本口座への各入金手続が架空のものであることを事前に知らなかったのであるから、1(二)の各出金手続が、それに見合う預金額がないのに行われていたことを知ることができず、新田課長の架空出金を承認していたものではなく、被告に損害を与えたとはいえないのであるから、本件懲戒事由が存在しない旨主張し、原告本人尋問の結果中には、これに沿う供述もある。

しかし、原告は、その本人尋問中で、平成二年九月六日の入金、出金手続の二、三日後に、右出金手続がそれに見合う預金額がないのに行われたことに気付いて、新田課長を注意したこと、その後も、同人が資金の裏付けのない振込手続をしたことを知り、再度注意したが、回収することが急務であると考え、同人と共に退職覚悟で対処していた旨供述すること、右出金入金の額が多額であり、短期間に頻繁に繰り返された上、右入金手続が締後にされるなど不自然な点があり、原告が、参事就任前、会計主任を約一八年間務め、経理処理について充分な知識と経験を有していた上、新田課長を監督すべき地位にあったことからすれば、同人が、少なくとも、1(二)(2)ないし(4)の出金手続については、それに見合う預金なしに行われたことに気付いたとしても、不自然とはいえないこと及び前判示の証拠に照らせば、原告の右供述を採用することができず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はなく、したがって、原告の右主張は採用できない。

(二)  被(ママ)告は、被告が辻との取引を開始し、新田課長の架空出入金などの行為の根本的な原因を作った当時の参事三澤が懲戒処分を受けずに退職し、退職金を取得したことなどの点を考えると、本件懲戒処分は、他の職員と比較して、権衡を失し、重過ぎる旨主張する。

しかし、原告主張のように被告が辻と取引関係を持つに至ったことなど本件懲戒事由発生に至る経緯について、当時の参事であった三澤に多大の責任があると仮定しても、本件懲戒事由は、三澤の退職した八か月以上後に発生しており、当時、原告は、職員の最高責任者である参事として、これに対処する職員中最も重大な職責を負っていたにもかかわらず、前判示のように職務上の義務に違反し、被告に多大の損害を与えたものであって、原告の右行為は、被告の職場秩序を著しく害し、被告に多大の損害を与え、被告の金融機関としての信用を著しく害するものであることからすると、原告の責任は、三澤の右責任を斟酌しても、それ自体極めて重いものといわざるを得ないこと、本件について、新田課長が、諭旨解雇し、退職金を支給しないという処分を、当時の貸付課長廣島治が、減給二パーセント五か月などの処分を受けており、原告が職員の最高責任者たる地位にあり、全職員を監督して、被告の職務を適正に遂行する職員中最も重大な職責を負っていたことに照らすと、本件懲戒処分が、本件懲戒事由に関与した他の職員の処分と比較して重きに失するとはいえないこと、もっとも、三澤は、本件問題が発覚する前である平成元年一二月に退職し、格別の処分を受けていないが、本件懲戒事由の発生時及び本件懲戒処分当時、同人が被告の職員たる地位を失っており、同人を処分することが不可能であった上、同人が、被告の辻に対する前記の貸金中、同人名義の貸金として仮装された一〇〇〇万円など退職金から計二一三九万円を被告に補填したこと(〈証拠略〉)及び前判示の点も考え併せると、これを理由に本件懲戒が重きに失して違法であるということはできない。

そして、以上の点に2判示の点及び(人証略)の証言を総合すると、原告に対する本件懲戒処分が重きに失して違法であるということはできず、原告の右主張は、採用できない。

(三)  原告は、本件懲戒処分は、確証に基づかず、原告に弁明の機会を与えずにされた点で違法無効である旨を主張し、被告の就業規則が、懲戒処分は確証に基づいて行い、その決定前に本人に弁明の機会を与える旨を定めていることは、前判示のとおりである。

しかし、原告の行為が、就業規則所定の懲戒事由に当たることが明らかであることは、前判示のとおりであるので、本件懲戒処分は、就業規則所定の確証に基づくものであるといえる。

また、原告は、平成三年七月八日及び一九日、被告に設けられた対策委員会から、経過説明を求められ、これに応じて、本件について、「トーヨー建設の件」と題する書面を作成して提出したこと(〈証拠略〉。なお、原告も、原告が、被告から経過説明を求められ、右各書面を作成、提出したことを認めている。)、同月一九日付けの右文書(〈証拠略〉)には、「この件につきましては、十分に責任を感じ、反省しております」という記載があること、被告は、本件懲戒処分の際、原告が、本件懲戒事由発覚後、問題解明に協力的であったことを、原告に有利な事情として斟酌したこと(〈証拠略〉)及び(証拠・人証略)によれば、本件懲戒処分は、原告に弁明の機会を与えた上でされたものと認められる。

したがって、原告の右主張も採用できない。

(四)  原告は、原告の行為が、被告における原告の長年の功労を抹消するほどの重大な背信行為があったとはいえず、退職金支給額を減額するのは格別、その全額を不支給とすることは許されず、本件懲戒処分は、重きに失する旨主張する。

しかし、原告の右行為は、被告に多大の損害を与えたばかりでなく、被告の職場秩序を著しく害し、被告の金融機関としての信用を著しく損なったもので、その情状も極めて重いものといわざるを得ないことは、前判示のとおりであり、原告の長年の勤務による功労を考慮したとしても、退職金を支給しないとした本件懲戒処分が重きに失するとはいえないのであるから、原告の右主張も採用できない。

(五)  原告は、諭旨解雇の場合に退職金を支給しない処分ができる旨の規定が就業規則にあったとしても、退職金は、勤務期間中日々発生する賃金の後払いとしての性質を有し、賃金については全額支払うのが法の趣旨であるので、諭旨解職(ママ)事由の発生するまでの勤務期間に対応する退職金請求を減額することは許されず、右事由が発生した後の勤務期間についてもその一〇分の一の限度で減額できるに過ぎない旨主張する。

しかし、原告の退職金支払請求権は、就業規則の定めに従い、退職時において、退職事由、勤続年数など就業規則所定の諸条件に照らして、その額が定まり、成立する債権である上、原告を諭旨解職処分とした上、退職金を支給しないとした本件懲戒処分が、就業規則の定めに従ったものであることは、前判示のとおりであるので、原告の右主張も採用できない。

4  したがって、原告の退職金請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

五  結語

以上によれば、原告の本件手形金支払債務の不存在確認、共済契約に基づく金員支払、抹消登記手続を求める各本訴請求は、理由があるのでこれを認容し、その余の本訴請求及び被告の反訴請求は理由がないので棄却する。

(裁判官 大竹たかし)

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